アキラが目を覚ますと、辺りはうっすらとした暗闇が立ち込めていた。多分もう、夕暮れだろう。目覚ましも無しにいつもどおりに起きられたので、アキラは思わずにっこりした。
 そして手早く着替えを済ませて、最後に黒の外套を背負うように纏った。その外套は彼には端をずるずると引きずってしまうくらい大きかったけれど、それでもアキラの大のお気に入りだった。
 そしてアキラは少し自慢げに外套を揺らしながら窓のほうへとことこ歩いていった。そして厚手のカーテンをそっと開けて、外の様子を伺った。
「よし、大丈夫」
 アキラは頷いて、シャッと音をたててカーテンを全開にした。東向きのその窓からはもう日が差し込むことは無く、何だか底が抜けたような薄明の空が見えるばかりだった。
「うん、今日も良い天気」
 アキラはそんなことを嬉しそうに呟いて、元気に部屋から飛び出していったのだった。


  §


 夕方、西の廊下を通るのは、アキラにとってはちょっとした冒険となる。ちょっと日に当たるだけでも良くないので、なんとか直射日光を避けなければならないのだけれど、それが意外と難しい。以前、外套を頭からかぶって駆け抜けたことがあったけれど、途中派手に転んだのが落ちだった。
 というわけで、アキラは窓の真下を四つん這いになってやり過ごし、リビングへたどり着いたのだった。
「ボンソワール、アキラ。ご機嫌如何かな」
 そんな声がリビングの奥から聞こえてくる。アキラはにっこり笑って返事をした。
「お早う、父さん。ご機嫌はすごく良いよ」
 見ると、彼は窓際の椅子に腰掛けて、夕方の日光浴を楽しんでいた。
「あー、ずるいよー」
「何故?」
 といたずらっぽく笑いながらアキラの父は聞き返した。
「だって、そこじゃあ僕、父さんの隣に座れないもの」
「ああ、そうだね」
 彼は笑みを崩さないまま立ちあがり、別のソファーへと移った。もちろん、日が当たらない位置のソファーへ。そしてその隣へ、アキラもちょこんと腰を下ろした。
「ねえ父さん、前から聞きたかったんだけどさ」
「なんだい?」
「太陽って、良いモノかなあ?」
 わくわく、という言葉が本当によく似合う、無邪気な顔でアキラは聞いた。それに思わず苦笑して、彼の父は答えた。
「ああ。すごく美しい。夏の焼け付きそうな日差しも、冬の寂しいような光も、たまらない」
「ふうん……そうなんだ」
 夕日の差し込む窓を、少し羨ましそうな目で見つめながらアキラは言った。
 今度はアキラの父が質問を投げかけた。
「……アキラ、突然そんなことを聞くなんて、どうしたんだい?」
「ううん。どうもしないよ。でも父さんは日向ぼっこしてる時、すごく気持ち良さそうだから」
「……日向ぼっこ、か」
 アキラの言葉を反芻し、彼は遠い目をした。
「その言葉ほど、我々ヴァンピールからかけ離れた言葉は無いだろうね。日向ぼっこ、か……。いくら夕暮れの弱い日差しで慣らしても、夜明けの清浄な日差しにはどうしても耐えられない」
「良いなあ、僕もいつか見られるかな」
 にこにこと、アキラ。けれど彼の父はすっと表情を暗くした。
「アキラ。君には本当にすまないことをしたと思ってる」
「……どうして?」
「私が余計なことをしなければ、君は普通の人間として死ねたのに……」
「またその話?」
 アキラはきゅっと眉を寄せて、はっきりと苛立ちを表現した。
「言ったでしょ? 僕は生まれる前から死んでたの。そこを父さんに助けてもらったんだから、父さんが謝ることなんて無いよ」
「でも。君は一人ぼっちになってしまった。友達なんか出来ない。流れる水に入ることも出来なければ、十字架に祈ることも出来ない。死んで救われることも無い。君はもう、太陽に背いてしまったから」
「そんなことないよ。いくら嫌われても、いつかきっと振り向いてもらえるから」
 アキラはさらりと答えた。拗ねるように視線をそらしたその横顔が、ひどく大人びていて、はっと気づく。例え吸血鬼であっても、誰だって成長するのだということに。
「アキラ、君は……」
 ? という顔でアキラが振り返る。彼の父は、その心優しくも孤独な吸血鬼は、ぽつりと呟いた。
「それでも私を、父さんと呼んでくれるのだな」
「うん。もちろん」
「ありがとう……」
 やはり呟くように彼は言って、さらに続けた。
「アキラ。君の名前はね、本当のご両親がつけようと思っていた名前なんだ。私はその意向を汲んだ。君に相応しい名前だと思ったからだよ――アキラとは、『明るい』という意味があるそうだ」
それを言わせたのは感謝か、懺悔かは分からない。だが言わなければならないことだった。アキラは黙って聞いていた。
「いつかその明るい日溜りで、君が憩うことの出来る日が来ることを、君の父として、切に祈っている」
「もちろん、父さんも一緒に、ね?」
「ああ――そうだね、いつか一緒に」
 会話はそこで途切れた。話される言葉は、それだけで十分だった。そしてそこに残る余韻を優しく抱くように、闇はゆっくりと足音を殺して、辺りを包み込んでいくのだった。



(親子(吸血鬼の場合) ・ 了)

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